ホーム・アンド・ジャーニー

ふるさとの珠洲(すず)と、そこから出てそこへと帰る旅にまつわるあれこれ。

江之浦測候所で考えたこと

 

雨の相模湾

「ふるさとと旅のブログ」と銘打っていながら、なぜか英語の歌詞の和訳ばかりを載せている当ブログですが、久々に旅した記録を書こうと思います。
5/26(火)〜29(金)の3泊4日で、主に神奈川西部を旅してきました。
ここんところ、旅行するといっても目的が建築を見にいくことになっていて、というかそれをきっかけに外出がしたい、旅気分を味わいたい、それくらいしかやることがない、みたいな何が動機で何が目的なのかよくわからない感じがしています。
 
とりあえず、今回のメインは「江之浦測候所」というところ。
写真家の杉本博司氏の監修する、これまた何が目的なのかもうまく説明できない不思議な施設。
一応入り口として、氏の写真展示ギャラリーがあり、そこから辿る道は自由なのだろうけど、ところどころに石碑とかガラスでできた舞台、小さな社、茶室、みかん畑、古い道具の展示小屋、金属のオブジェ、意味ありげな石畳……などが散りばめられていて、全部ゆっくり見て回るのに2時間半くらいかかりました(本当はもっと早めに来て閉館まで居るべきだった)。
中でもおそらく目玉と思われるのが、海に向かって空中を突き抜けている鉄の通路。
これは、この場所から見た冬至の日の日の出の方角に向いていて、人一人通れるくらいの通路の先にその朝日が現れるという仕掛けになっているようです。対してギャラリーが伸びる先は夏至の日の日の出の方角。
僕はなんかそこに魅力を感じていて、他の場所の謂れも併せて面白いなと思っていたんです。
ガイドブックによると、点在する物にはそれぞれの歴史があり、ただなんとなく置いているわけではないようだ。
しかし多分、ただなんとなく置いているのだろうとも思われる。
目的がなんなのかうまく説明できない、と書いたけど、多分目的を読み取ろうとすることが無意味なんだと思う。
石碑は江戸時代のものだったり、天平時代や桃山時代の石(礎石)もあれば、李朝期の石塔、京都市電の敷石もあり、金属のオブジェは「無限遠点で交わる双曲線」の模型で、「雨聴天」という名の茶室は利休の「待庵」の「本歌取り」で、相模湾に面したガラス舞台の客席は古代ローマの円形劇場の写しで……。
変ないい方だが、非生産的で無意味で、ひとを食ったような貴族主義的な空間。
さらに以前見たテレビ番組によると、ここに建造した「柑橘山 春日社」という神社には、奈良の本当の春日大社から神様を分けて?もらったらしく、そこまでするとなんというかやりすぎな気もしてちょっと引いてしまうし、でもそこまでできる感性と行動力はそれはそれですごいとも思う。
てんでバラバラのようでいて、実際てんでバラバラなんだけど、貫かれているものがあるとすればそれは日本的な美意識「数寄」的なものだということはいえると思う。
 
さて、ここには誰かの創作物らしきものが一つもない。
そして、物語的なものも一つもない。
僕はここに行って何を思うのだろうと、自分で自分に何かを期待していたのだけど、思ったことが一つもない。
ただ何かを書こうとするなら、「無」みたいなことを感じる、何もないところに放り出される、emptinessを目の当たりにする……恐怖感に苛まれながら最終的に思ったのは、
「ここには時間が展示されているのだ」
ということ。
文字どおり古今東西のオブジェクトが並べられていることは確かにそうなんだけど、そういう直接的な意味ではなくて、むしろもっと意味が希薄化された空虚。「空間化された時間」みたいなものなんだろうなということ。
 
この時期の関東には珍しく、この日だけピンポイントで天気が思わしくなく、天気予報を見るたびにげんなりしていたのだけど、実際それがまたよかったです。
というか、そんなどんよりと重たい空気を感じられたからこんなことを考えたんだと思う。そういう意味ではいい経験だった。と思うことにしよう。
あえて写真を載せてなかったので、以下に気になったところを載せますね。

エントランス。展示されているは杉本氏の水平線の写真のみ。
鉄の通路の突端
この石の先進ムベカラズ
今回イチのお気に入り写真。これが撮れたのが最大の収穫。
雨だまりで面白い表情を見せる石畳
ここは標高100メートルの急斜面。霧のかかる風景もまたよし?
水の色が綺麗に写る
写る

旅の続き、まとめはまた次回に!