ホーム・アンド・ジャーニー

ふるさとの珠洲(すず)と、そこから出てそこへと帰る旅にまつわるあれこれ。

俺の奥能登芸術祭 2017 宣言文


どいつもこいつも、芸術祭をすればいいと思っている。チイキカッセイカだ。
芸術だ。アートだ。田舎だ。人だ。自然だ。空気だ。つながりだ。文化だ。風俗だ……、なんだ、なんだ。
それで具体的にどうなるのかは知らないが、全国を席巻する芸術祭とやら(全国に何百だか何千だかあるらしい)がついにこの珠洲にもやってくる。
「奥能登国際芸術祭 珠洲」が。
かの北川フラム氏がトップとのことだ。
(しかも珠洲市は、不遜にも「日本三大芸術祭」という名前を作ったという。商標登録をとったらしい。なんたる傲慢)

そして僕は思う。
「なにくそ。なにが国際芸術祭だ」
と。
なぜだかわからないが、対抗心が燃えてくる。
地元のアーティストたち(?)を無視して、国内外の有名アーティストが珠洲全域に作品を展示するのが国際芸術祭というのなら、ぼくにも考えるところはある。
珠洲にはアート、アーティストと呼ばれてしかるべきものはたくさんある。彼らはそれを知らない。祭や伝統習俗を調べた気になっているが、ぼくにいわせれば、なにも知らないといっていいだろう。
そして、珠洲はそんなもの(いわゆる「アート」)がなくとも、それそのものが芸術なのだ、とぼくは思う。
芸術なのだ、とかいうと、いかにも高尚で近づきがたいように思われるかもしれないが、珠洲の存在自体が人を幸せにするポテンシャルを持つという意味で、ぼくはそう思う。
その「奥能登国際芸術祭 珠洲」はすでに始まっている。ぼくは今珠洲にいないので、その様相はわからない。なので今度確認してみたい。
しかしここでぼくが提案したいのは、<俺の>奥能登芸術祭だ、ぼくが世の中に見せつけたい、奥能登のあらゆる面白いものをこのブログから発信していきたい。
実行委員会にケンカを売るつもりはないが(むしろ本芸術祭自体は楽しみにしていて、応援しています。マジで)、いわば裏芸術祭をぼくはここで提案したいのだ。
今日はその宣言だけに留めたいと思う。
具体的には、奥能登で活躍する「アーティスト」(鉤括弧で括ったのは色々な意味で)、隠れた名建築(迷建築)、ちょと飛んで、超芸術トマソンなんかも紹介したい。

すぐに更新はできないかもしれないけれど、「<俺の>奥能登芸術祭 珠洲」、頑張りたいと思います。
もちろん、パスポートは無料。誰でも楽しめます。