ホーム・アンド・ジャーニー

ふるさとの珠洲(すず)と、そこから出てそこへと帰る旅にまつわるあれこれ。

東北旅ショートノベル:6日目「岩手の人とカッパと(4)」


第1回
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第2回
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第3回
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(承前)
 それが建築の発する光だとわかるまでに、僕は数十秒ほどかかったように思う。はじめは、瓦が太陽光を反射しているだけのように思えたのだが、色が違う気もする。瓦の反射する光ならもっと白いはずだ。しかし歩を進めてみると、それは黄金という言葉以外ではいい表せないくらいの、絢爛で贅沢な光だということがわかった。素人目にも一瞬で「違う」と思わせるような、一流の芸術作品に共通するものがあった。
 思わず、「なんだこれは」と発しそうになったが、それは僕も知っている有名な建築だった。
「んだ。これが中尊寺金色堂ってやつだ」、とカッパが言う。
 僕はまだ言葉が出ずにいた。僕はこの有名な建築に、ほとんどなんの期待もしていなかった。なめていたといってもいいかもしれない。どうやら有名なお堂らしいというくらいで、岩手に来たのだから見てみよう程度に思っていたのだが、今こうして目の前にしてみて、驚きのような感覚を抱いている。
 僕は傍のカッパの不思議そうな目に気がついた。
「そんな感動したか?」、とカッパ。
 僕は少し間をおいて、「はい」と言っただけだった。全身が黄金に輝くそれは、見た者にものを言わせない、ある種の威圧感というか威厳があった。ただ、そこに黄金そのものがある。それ以上でも以下でもない、しかし誰も文句を言えないような、一つの美しさとしかいえないものだった。
 このころ流行り出した浄土信仰の影響で、極楽を表すとかなんとかで、とにかく豪華に飾り立てたお堂だということは知っている。しかし、その信仰と言えるのかはわからないが、一つの思想のようなもが形になると、これほどの凄まじい印象を人に与えるものかと、僕は感心せずにはいられなかった。人が、これほどの美を作ることができる、いや実際にできたという事実が信じられなかった。信じられないが、現に僕の目の前にあるというとうことは紛れもない事実だろう。
「そうだな。オラも初めて見たときはびっくらこいたもんだ」
「美しいですね」
「んだ。これほどのもんはカッパにはできねぇ。人間てのは気が狂ったみてぇに仕事さして、とんでもねぇもんさ作る。そこはカッパには真似できねぇもんだ」
 僕はしばらく金色堂を眺めていた。カッパも半分呆れたように、半分見守るように、傍にいた。すると、背後から声が聞こえた。
「なんですか、あなたたちは」
 振り返ると、どうやらここの僧侶らしい男が立っていた。僕はこの現代的な服装と連れているカッパが急に恥ずかしくなって、どう説明すればいいかしどろもどろになっていた。
 すると、カッパが助けてくれた。
「すまねぇな。この人のことは気にしねぇでくれ」
 僕はそれに次いで、「ええ、ただの参拝客です」と言った。すると僧侶は、
「参拝?」
 と不思議そうにしている。参拝がいけないことなのだろうか。そう思わせるような態度に見えた。そういえば、僕たちがここに来るまで、参拝客らしき人は一人も見かけなかった。あまりにひっそりとしていて、僕たちだけがひょいと異世界に投げ込まれたようだった。いや、そのとおりなのだが。するとカッパが耳打ちしてきた。
「言っただろう。ここは平安の終わりのころだ。わざわざ寺やなんかに参拝するのは貴族のたしなみだ。一般人までそういう文化が広まったのは交通機関さ発達するずっと後のことだ。親鸞もまだ生まれてねぇ」
「ああ、そう言われてみればそうですね」。僕は一応納得した。
 すると僧侶が、
「何を言ってる。わけがわからんぞ。金色堂は見せもんではないんだ。それにここはカッパの来るようなところではない。さっさと出て行け。忌まわしい」
 と不機嫌そうに言うので、僕とカッパはそれに従わざるを得ず、黙って登ってきた坂を降った。僕はもう少し金色堂を見ていたかったのだが。
 それにしても、彼にはカッパが見えたということだろうか。僕にも見えているのだから不思議ではないが、カッパに特に驚きもせずに、なんともなしに追い払ったということは、この時代、カッパはありふれたものだったのかもしれない。

(つづく)