ホーム・アンド・ジャーニー

ふるさとの珠洲(すず)と、そこから出てそこへと帰る旅にまつわるあれこれ。

東北旅ショートノベル「6日目:岩手の人とカッパと(2)」

 
 前回のお話。
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(承前)
 爬虫類のように見えるが、よく見るとくちばしが付いている。そして、体は緑色だが顔は赤い。さらに、頭にぬるっと湿った皿状のものがある。皿の淵にはふさふさとした毛が生えている。カッパだ。
「そうだよ。カッパだよ」
 僕はうまく言葉が出なかった。言いよどんでいると、
「驚くことはねえ。あんたさんもカッパさ探しに来たんだろう」
 と当然のように言う。僕は、少し間を多いてから、「……ええ」というのが精一杯だった。確かにそうだ。
「だったらもっと喜ばねぇか。それともあんまり簡単に見つかったもんだからつまんねえか」
「いや、そういうわけでも……」
「まあそうだな。本来はキュウリさくくりつけた竿でオラを釣らねば捕まらねぇもんなぁ」
「ええ、そう聞いています」
「でもそれはもう時代遅れだ。今どきそんな単純な罠にかかるカッパはいねぇ。オラたちを舐めてるのかって話だ」
「それは……失礼しました」
 僕は謝ってしまった。
「確かにキュウリには目がねぇがな。ピーマンも可だ。それにさっきの話だがな。馬に引っ張られたカッパと火消しさしたカッパは別カッパだ。火消しさしたカッパは有名人さ。ゲエルってカッパでな、ここらじゃ知らねえカッパはいねぇ。オラもよく世話になってる」
「そうなんですね」
「んだ。馬に引っ張られたカッパはあんたらの間では有名かもしれねぇが、オラはよぐわかんねぇな。噂じゃぁ、そのまま人間に捕まえられたとかなんとか。生きてるか死んでるかもわがんねぇ」
「でも」、僕は気になったことを聞いてみた。「この案内板によると、これって相当昔の話ですよね。彼を、彼というのはその、ゲエルさんですか、彼を直接知っているんですか?」
「んだ。カッパには時間というものがねぇ。歳をとらねぇんだ。一旦生まれたらずっと生き続けるんだ。それはあんたさんたちとは違うところだな」
「それは知りませんでした」
 よく理解できなかったが、考えてみれば、僕がカッパとまともに話をしていることからして理解できない状況だ。信じるとか信じないのレベルではないし、彼の言うことをありのままに受け止めるしかない。
「んだ。そうすんのがよかんべ。だから、オラたちは産まれるときに、本当に産まれてきたいかどうかを聞かれるんだ。医者にな。産婦カッパ科医に。これからお前は産まれるが本当にいいか、と。オラは産まれてくることさ選んだ。後悔はしてねぇど」
 僕は、人間もそういうシステムだったらいいのにと思った。
「そんないいことだけではねぇど」、カッパが言う。「何千年も生きてっと、もう目新しいことなんてねぇど。だからオラもそろそろ死のうかと思ってる」
「そんな。なんてことを言うんですか」
 僕は会って早々「死のうかと思ってる」なんて言われて少し戸惑った。
「んにゃ。あんたさんらが死ぬのとはちっとわけが違う。カッパは好きなときに死ねるんだ。それには役所の許可がいるが、オラくれぇ長く生きでっと、それも簡単に降りるさ。あんたさんらの言葉じゃ『安楽死』っていうらしいな」
安楽死……。カッパの世界はそういうことが当たり前なんですか。しかし随分人間のことに詳しいんでねすね」
「そんなことより、あんたさん、遠野さ観光してるだか?」
「……はい」、僕はカッパの世界のしきたりに感心しきっていたが、現実に戻った気がした。といっても、カッパは目の前にいるが。「そうですね。観光ですが」
「したらば、オラが案内さするど。このカッパ淵さもう見たろ? オラに会ったんだからもうよかんべ? この後はどこさ行ぐだ?」
「ええと、伝承園っていうところに」
「いや、その後だ」
「その後はお土産を買いに」
「んにゃ。そのもっと後ぉ。遠野さ見た後、どこさ行ぐだか?」
「え、それは……。南下して平泉に」
「おしゃ。したらば、平泉さ連れてってやる」
「これからですか?」
「準備さいいか? 行ぐど?」
 僕はカッパに足を引っ張られて、そのままカッパ淵へと引きずり込まれた。
 
(つづく)